嘘をついたことがない、という方は、恐らくいないでしょう。

その嘘というものは、ある時は自己保身のためであり、またある時は他人のためであったり、自分の利益のためでもあったりします。
このようにいろいろある嘘ですが、一番つくのが辛い嘘は何かと言われれば、それは間違いなく自分につく嘘だと言えるでしょう。
自分の中の何かを否定するわけですから、そりゃ辛いに決まってます。





水面日和の管理人が言っていたことですが、今回の話での白糸台宮永に「怒り」の感情は、いまひとつ感じられませんでした。
むしろ、悲しみ、哀しみ、悔恨のようなものを感じていたのではないでしょうか?
原作の最初の方で描写されていた通り、宮永姉妹の関係というのはある時までは良好でした。
それがあることを切欠にして、今では宮永姉の方は、妹の存在を否定するまでになっています。
その事件の内容がどうだったかは置いといて、妹の存在の否定というのは、姉妹で過ごしたかつて幸せだった日々をも否定しているということですよね。
これは辛いですよ。
恐らく一番親しいと思われる菫さん相手にもそれを否定してたってことは、白糸台宮永は妹と不仲になった原因の出来事で負った傷を誰にも話すことすらできずにこれまで暮らしてきたわけです。
時に独りで妹のことを思い出し、沸き上がってくる諸々の感情を自分の中だけに抑制してきた彼女の苦悩は、相当のものであったことでしょう。

しかし、その均衡が破られるときがついに来ました。
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穢れのないその眼を見て嘘をつくのが憚られたということ以上に、彼女であれば、自分が否定し続けてきたことを、認めてもよかったという風に思ったのでしょう。
彼女の前では、自分にも嘘をつく必要はない
そう思えたことは、幸せです。間違いなく。
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このあと、「そっか」としか言葉を交わさないところも、また彼女の繊細さが見てとれます。
皮が剥けたすぐあとの真皮は触れると痛むことと同じで、宮永姉が初めて認めた妹の存在に、この場でさらなる追求をすることを、彼女は望まなかったのでしょうね。

どうですか、このあわあわのすばらしさは。
そりゃあ、ぼくも白糸台宮永もどっぷり浸かっちゃいますって。