よく耳にする言葉ですね。

こんなものはうそっぱちに決まってます。
当然この言葉の通りになる人もいますが、そういう人は
①喉元すぎればなんとやらの傾向が強い人
②そもそも過去の経験がそれほどつらいものじゃなかった人
のどちらかでしょう。
こういうある種幸運な人々が声を大にして、タイトルのようなことをさももっともであるかのように語って騙っているのでしょう。

しかし私にはずっと疑問がありました。
それであれば、こういった世間に横行する意見が間違いであると主張する人間ももっといてもいいはず。
しかしそういった事象はあまり見られない。
これはなぜなんだろう?

最近ようやく答えがわかりました。
言ってしまえば「過去辛かったことはいつかいい経験になる」というのは、人間の自己防衛本能が過去を美化するための嘘だったのです。
「過去辛かったことは~」ということを語る人の言い分はだいたいこうです。

「過去辛かったことがあっても、将来辛いことがあったときにその経験のおかげで我慢できる。そうしたら過去の事もあって良かったと思えるはずだ」

一見もっともなように見えますが、騙されてはいけません。
そもそも、この意見が正しいのであれば、過去の辛いことをいい経験にできるのは「将来辛いことがあったとき」ということになります。
しかし、その時の心情を僕はこう分析します。

①今辛いことがある。

②これまでもずっと辛いことばかりだった
↓←ここで自己防衛本能が働く
③これでは自分の人生何のためにやってきたのかわからない。そうだ、過去の辛いことをいい経験だったということにしてしまおう

④今この辛いことに耐えられてるのは、過去のあの経験のおかげだ!

ということです。
まとめると、
自分のこれまでを振りかえるとあまりに悲惨なので、その悲惨さから目を背ける為に過去を良かったことにしてしまおう
ということになります。

これで過去をポジティブに考えられるような人は、まあそれでいいでしょう。
しかし本来、辛い経験なんてできるだけない方がいいにきまってます。
借金はない方がいいのと同じです。
「若いときの苦労は買ってでもしろ」「あいつは苦労してないから壁にぶつかったらすぐ潰れる」というのは、結局のところ妬みや負け惜しみにすぎません。(ここにも過去の美化が関係しているかもしれません)
本当に苦労しない奴はずっと苦労しないし、壁にぶつかって潰れるのに過去の経験はあんまり関係ありません。
つまり、今現在世にはびこっている「過去の辛いことは~」という風潮は、全て彼らの自己防衛のためのうそっぱちだ、ということです。


僕はこういった言葉を見聞きする度に吐き気がします。
当然上に書いたようなことを思っているということもありますし、何より自分の過去辛かったことが将来なんかの役に立つ絵が全く浮かんできません。
中高の6年間をスポイルして、それどころかコミュ障を決定的にこじらすことになったあの経験の、どこにプラス要素があるのでしょうか。
人の痛みがわかるようになった?
人に裏切られたりすることの酷さを知ることができた?

そんなことは、今のこの世の中で生きていくのに、なーんの意味も持たないのです。
あるだけ邪魔。
そ~ゆ~こと~