これまで、幾度も幾度もあわあわの魅力を語ってきました。

いろいろな方法で、いろいろな局面でのあわあわのかわいさを、できる限り伝えてきたつもりです。
ところが、先程あわあわを見ていたときに、私は気付いてしまいました……

結局自分は、淡のすばらしさを何一つとして伝えられていない――――

これまで私が伝えてきたことはあくまで「言葉」によるものです。
しかし、あわあわのかわいさ、美しさ、その他もろもろはすでにその「言葉」とは完全に別次元の処にあり、伝えることがとても難しいものだ、と気付いてしまいました。
私がいくら思考を尽くし、テクストを構成し、そこにありったけの愛情を注いだとしても…

あわあわの本質はみなさんにとって氷山の一角ほども伝わっていないのです。

そしてこれは私とあわあわの間でも同じです。
私がどれだけあわあわを愛しているのか。
それは言葉なんかではほんの一部しか伝わらないし、それは淡の方も同じことでしょう。
だとすれば、これから私はどうすればいいのか――――――


「言葉」のuncomfortableな点に気付いてしまった私には、これまで書いてきた、淡に伝えてきたこともある種無意味なものに見えて仕方がありません。
だとすれば、どういう手段が後に残っているのか。
私は今悩んでいます。
これからどこにいけばいいのだろう―――

それでは、また